0078
SIGNAL 経営
No.0078

小売AIの本番は、消費者の目に触れない場所で動いていた

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出典:MIT Technology Review

バーチャル試着室が登場したとき、多くのメディアはそれを「小売のAI革命」と呼んだ。スマートフォンをかざせば自分の顔に口紅が乗り、ワンピースを羽織った姿が確認できる。消費者にとってわかりやすく、デモンストレーションに映える。だから取り上げられた。

しかし、それは本質ではなかった。

小売業の歴史を振り返れば、消費者に見える部分が先に変わり、見えない部分が後から変わるというサイクルが繰り返されてきた。ECが登場したとき、最初に変わったのはショーウィンドウのデジタル化だった。商品ページが整い、写真が高精細になり、レビュー機能が加わった。だがその数年後、倉庫のオペレーションが変わり、物流網が再設計され、需要予測が刷新されて、はじめて競争の地形が本当に動いた。消費者が「変わったな」と感じるのはいつも表層だが、業界の勝敗を分けるのはいつも裏側だった。

今、AIをめぐっても同じ構図が出現している。

注目されているのはチャットボットや試着機能だ。だが実際にメイシーズのような大手小売が動かしているのは、検索結果の並び順を決めるロジック、倉庫間の在庫配置を最適化するアルゴリズム、エンジニアがコードを書く速度そのものへの介入だ。消費者の目には届かない。しかし、これらは注文が入る前の意思決定に直接触れている。

誰が得をするのかも、見え始めている。AIを既存のワークフローに後付けするのではなく、意思決定のレイヤーそのものに埋め込めた企業は、判断のサイクルを圧縮できる。在庫の無駄が減り、検索の精度が上がり、開発速度が上がれば、それはコスト構造の差となって競合との間に現れる。一方で、AIを「新機能」として追加し続けている企業は、土台が変わらないまま上物だけが重くなっていく。

見えるAIと見えないAIの差は、体験の差ではなく、経営の差になりつつある。

小売業でいま起きていることは、その移行点にあたる。


3行まとめ

  • 小売業におけるAIの最大の変化は、バーチャル試着などの「見えるAI」ではなく、検索結果の表示・在庫管理・ソフトウェア開発といった裏側の意思決定レイヤーへの組み込みにある。
  • メイシーズは、AIを既存システムへの後付けとしてではなく、パーソナライゼーション・検索・オペレーション計画・ソフトウェア開発に直接組み込む「AIファースト」のアプローチを採用している。
  • 早期のユースケースで成果を上げたことが社内の推進力となり、より広範なAI活用へのスケールにつながった。

※以下は詳細

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検索結果の並び順を、AIが決めている

消費者がECサイトで商品を検索したとき、どの商品が上位に表示されるかをAIが制御している。

メイシーズのエンジニアリング担当シニアディレクター、ムラリ・ムルガン氏はこう説明する。「AIファーストとは、既存のものの上にインテリジェンスを追加することではない。ビジネスがより速く動き、あらゆる体験がデフォルトでより関連性の高いものになるよう、意思決定のあり方そのものを再設計することだ。」

検索窓の見た目は変わっていない。しかし、その裏で走っているロジックはすでに別物になっている。

在庫とサプライチェーンへの組み込み

AIはサプライチェーン全体における在庫の流れの最適化にも活用されている。どの倉庫にどの商品をいくつ置くかという配置判断に、AIが介在している。

消費者が「注文したらすぐ届いた」と感じる体験の裏側には、こうしたAI主導の在庫配置がある。体験としては見えないが、オペレーションコストと配送速度に直結している。

エンジニアの開発速度そのものを変える

AIはソフトウェア開発のプロセスにも組み込まれており、エンジニアがコードをより速く出荷できるよう支援している。

ムルガン氏は「早期の成果を確立した後は、スケールアップはテクノロジーの議論ではなく、ビジネスの意思決定になった」と述べている。限定的なユースケースで結果を出したことが社内の勢いを生み、より広い領域への展開につながった。

全体まとめ

メイシーズが開発したAIショッピングアシスタント「Ask Macy’s」は、過去の購買履歴・好み・文脈をもとにパーソナライズされたレコメンデーションを提供する。従来の検索バーとしてではなく、個人スタイリストのように機能することを目指している。

ムルガン氏は「この変革の本質は継続的な改善にある。失敗から学び、新しいテクノロジー標準に素早く適応し、タイミングと実行が積み重なって、意味のある顧客体験の向上につながる」と述べている。同社のアプローチは、検索・在庫・開発速度という三つの領域にAIを埋め込み、意思決定のサイクルそのものを変えることを起点に置いている。

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